ガジェットとの別れは、いつも突然です。
これまで約2年間、私の左腕で歩数や睡眠を記録し続けてくれた Fitbit Sense 2。
ある日、画面を覗き込むと、そこには見慣れない「赤い×マーク」が。
再起動も操作も受け付けない。
文字通り「沈黙」してしまった相棒との別れから、私が見つけた「時計とガジェットの境界線」について、本音で書いてみようと思います。
1. 2年間の付き合いと、早すぎる「寿命」
Fitbit Sense 2。
安価な価格帯かもしれませんが、私にとっては決して安い買い物ではありませんでした。
使ってみて感じた良いところは、間違いなくあります。
数値として自分の活動が可視化されることで、「よし、今日も歩こう」という運動の意欲が湧いてくるのは、スマートウォッチならではの魔法です。
今回、故障した際の公式サポートの対応も非常にしっかりしていました。
感謝しています。
しかし、結論を言えば、私の個体は寿命という事でした。
10年以上、分解清掃しながら使い続けているマウス(M570)を愛用する私からすると、たった2年で「修理不能の文鎮」になってしまう短命さには、正直、驚きと寂しさを隠せませんでした。
2. Pixelユーザーにとっての「甘い罠」
私は長年のPixelユーザーです。スマホとの親和性は抜群ですし、Googleが積極的に行う割引を見れば、「とりあえずFitbitで」となるのは自然な流れでしょう。
しかし、ここで考えたいのが寿命対価格の比率です。
割引で安く手に入っても、2年で文鎮化してしまうなら、それは本当に良い買い物だったのか?
便利なエコシステムの心地よさと、道具としての短命さ。
その矛盾を改めて突きつけられた気がします。
3. 「自分」というデータが吸い上げられる気味悪さ
もう一つ、拭えなかったのが、自分の生体情報が常にビッグデータの一部として活用されていることへの違和感です。
データは匿名化されているのでしょうが、自分の心拍数や睡眠サイクルの一つひとつが、巨大企業のAIを育てる糧になっている。
そう考えると、ふとした瞬間に「なんだか気味が悪いな」と感じてしまう自分がいました。
便利さと引き換えに、プライバシーの根源を差し出しているような感覚。この心理的なコストは、スペック表には載らない重みでした。
4. 【重要】沈黙したFitbit、どう葬るか?(物理とデータの出口)
画面が真っ暗なまま、沈黙してしまったFitbitをどう葬るか。
同じ轍を踏む方々へ、私が実践した「安全な幕引きの作法」をまとめます。
① クラウドから「デジタルな縁切り」
本体が動かなくても、スマホのFitbitアプリからデバイスの削除を行ってください。
「接続されていません」と表示されても大丈夫。
アプリ上の名簿から名前を消すことで、ネットワーク的な紐付けは解除されます。
② データの「エクスポート&スッキリ」
これが私の一番のこだわりです。
これまでの2年間の記録は、Google公式の機能を使ってエクスポート(自分のPCへダウンロード)しました。自分の頑張りは手元に残し、クラウド上のデータはすべて削除。
「自分の情報は、自分で持つ」。これで気味悪さもスッキリ解消です。
③ 正しい「出口」へ物理的な処分
リチウム電池が入っているため、燃えないゴミは厳禁です。
市役所などの小型家電回収ボックス(黄色い箱)へ入れるのがベストでしょう。
最後に:やはり、時計は「時計」が良い。
今回の経験を経て、私は一つの結論に達しました。
「やはり、時計は時計を買ったほうがいい。」
数年で寿命が来る精密機械に健康を委ねるよりも、何十年と時を刻み続け、手入れをすれば一生寄り添ってくれる「時計」の方が、私には合っているようです。
「便利さ」を追いかけるのもテックライフの醍醐味ですが、たまには立ち止まって、道具としての信頼性を問い直してみるのも、面白いかもしれません。
さらば、Fitbit。 数値化された私の2年間、楽しかったよ!


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